花音

アルカナ小説 「Merry X'mas」

ふと、目が覚める。

目の前が暗い。
辺りを見回してみてもどこまでも暗闇が広がっている…。
左手を伸ばすと、その先端が溶け込むほどの闇。

――また…か。

もう何度も経験した。繰り返した。
目が覚めて、現実なのか夢の中にいるのか時々わからなくなる。
ここは何かの境界だろうか…。
現実と夢の狭間、または過去の自分と現在の自分の狭間。
何かがズレている。ここに来るたびにそう感じる。
宿命…これは呪いのように身体を蝕んでいた。

腰に下げている『珠依姫 三門守宗』を鞘から少し抜く。
功刀…今でもお前の言葉が頭に残る。

――私達の想い託しました。神威様、幸せになってください。

想いは受け継ぎ、約束した未来は見守っている。
では幸せとは何だろう。何の意味があるのだろう。
妹が死んだあの日から。
功刀が『珠依姫 三門守宗』に命をささげたあの日から。
アヌトゥパーダと契約したあの日から。

私の時は止まったままだ…。



12月24日――――

――いつからだろう。

しんしんと雪が降り積もる空を見上げてそう呟いた。
時間を飛んでいるので毎年…というのも不思議な話かもしれないが。
いつもこの季節のこの日は静かだった。
12月…縁側で母様と縁側で空を見上げていたのを思い出す。

街は賑わっていた。
いつからこの季節の街は楽しそうにしているのだろう。
前回訪れた30年ほど前の街。そこもおそらくこのように賑わっていたはずだ。
千年守が護ってきたから?…それはただの傲慢。
私が手を出さなくとも世界は変わらない――そう感じるようになってきた。
世界を紡ぐ人々の意思は滅びなど望んではいないのだから。


「神威さま?いかがなされました?」


傍にいるなずなが心配そうに訪ねてきた。
気づけばずっと空を見ていた。
千年守の宿命を背負った時からこうやって空を見上げることが多い。
特に最近は良く見ている気がする。
空だけは春も夏も秋も冬も昔と変わらない。


「心配かけてすまなかったな、なずな」


そういってなずなの頭を撫で、歩き始める。
犬若丸一族の霊術師なずな。
このは同様千年守に仕える運命を背負っているのだが、
ずっと思っている一つの事が私には分からない。
なずなは幸せなのだろうか。


「神威さま、今日の『喫茶あいの』のパーティには行くのですか?」


――迷っていた。
半月ほど前に愛野はぁとから招待状が届いていた。
いつもなら迷わず行くところだが、今回は違っていた。
時を超え、旅立ったあの日の事を思うと、使命感に急かされる。

ここ最近あの狭間を訪れる機会が多くなったせいだろうか。
過去と未来のズレが次第に大きく感じ始めた。

ここは平和すぎる――。
千年守のすべきこと。それは大切なことである。
いずれこの時代を超えて次の時代に行かねばならない。
では、私の幸せとは何だろう。
このはやなずなに囲まれて暮らすのは私自信にとっての幸せそのものである。

――幸せになってください。

本当に幸せになれるのだろうか。
いつかこの時代を離れる時が来たら、このはやなずなに申し訳がない。
日常の幸せの中にはこの後ろめたさが常に付きまとっていた。

心配そうに見上げるなずなに気付き、声をかける。


「私のことはいいから行っておいで、なずな」


そう答えた。
珍しく答えをはぐらかした。
最近はよくこういう表情をしていたのかもしれない。

せめて、このはやなずなに心配はかけるまい。

これが今私にできる確かな事だ。



時は夕刻――――


なずなとの買い物を終え、岐路に着く。
なずなは稲穂庵へ寄ってからパーティへ行くようだ。

街から家まではそう遠くはないが考え事をしているせいか、
気づけば家の近くまで来ていた。
そこで、家の門の前に3人ほどの人影が見えた。
どうやら私を待っていたらしい。


「ここに来るとは珍しい…何か事件でも?」


綺麗な白いドレスを纏い、従者2人を連れた少女は
西欧精霊庁ローゼンベルク支部のペトラだった。
腕を組み、目を閉じていたペトラは、
私の言葉を聞くと、何故か溜息をつくように力を抜いた。


「千年守…いえ、朱鷺宮さん、先程街であなたを見かけましたの」


そう言ってペトラは2人を下がらせた。
精霊庁絡みの事件以外ではあまり関わりが無い人物なので、
訪ねてきたことを少々不思議に思った。

立ち話もと屋敷での話を薦めたが、きっぱりと断られた。
今日はクリスマス、ローゼンベルグでの行事もあり、相当多忙らしい。
では何故?

ペトラはゆっくりと言い放つ。


「西欧精霊庁ローゼンベルクと、この私がいれば世界は安全ですわ。
日本精霊庁と争うつもりはありませんし…
その…貴方も…色々と気負わなくて結構ですわ」


少し照れたようにして、ゆっくり瞬きをする。

街で見かけてわざわざここまで来てくれたようだ。
それほど深刻な表情をしていたのか…
笑っていなかったのは確かだが、
記憶を振り返ってみても、表情を思い浮かべることはできない。

とりあえずの返礼を返し、どう答えようか迷っていたところ、
頬に冷たい感覚が現れた。


「あら、雪が降ってきましたわね。パーティに呼ばれていますのでこれで失礼いたしますわ」


ペトラは軽い会釈をし、従者2人とともに去っていく。

しんしんと降り続く雪の中、また空を見上げた。
千年守の宿命。
別れを繰り返すこの宿命に私自身、どう立ち向かっていけばいいのか…



時は深夜――――

青い闇の中でほんのりと月は明るく、雪は薄く積もり始めていた。

玄関で傘を持ち待っていたら、人の気配がした。
パーティはだいぶ長引いたらしく、このはとなずなは既に眠っていて、
あかねと舞織に運ばれてきた。

パーティから帰ってきたこのはとなずなを布団に寝かせると、
寝室外の縁側で気にかかっていたことを聞いた。


「このはとなずなはパーティは楽しんでいたか?」


ちょっと寒そうにしていたあかねは、白い息を吐きながら、
表情をころころ変えて言った。


「えっと、え~と千年守様。このはちゃんは楽しんでましたよ!なずなもね!」


あかねは嘘が下手だな…。

舞織と一緒に少し笑う。
分かってはいた事だ、もちろんあかねも寂しかったに違いない。
千年守としてどう接していいものか、まだ答えは出ない。


―― 千年守様。


舞織がつぶやく。
私はその後の言葉を遮るように言う。


「舞織、私はこの世界が好きだ」


このはやなずな、あかねや舞織がいるこの世界を護りたい。
そして、その世界を皆と一緒に見ていたい。
この2つは千年守の宿命を守る限り実現はできない。

ずっと続くこの世界を護る約束を託された私は、
この世界を一緒に見て生きることはできない…。


―― 千年守様。


舞織がもう一度言う。
そして、一呼吸置いて続ける。


「過去から続くしきたりは大切ですが、その本質を違う事がなければ、
それは定めを放棄したことにはならないと思います。
代々続く春日家に生まれて、私はそう感じます」


春日家…そうか…

ずっと迷っていた。私にしかできないと。
ずっと思っていた。私でなければならないと。


「私じゃなくとも、次の千年守、また次の千年守が護っていけば
いつまでもこの世界を想う心を託していけるな…」


――功刀。託された想いは未来へ続けていこう。永遠に。ずっと。

そう言って『珠依姫 三門守宗』を強く握りしめる。


「私も千年守様がいなかったら。ねーちんきっと泣いちゃいます!」


「…あかね、舞織。みんな、世話をかけた」


ようやく心のつかえがとれた気がする。
千年守は続いて行く。精霊庁も皆もいる。
私はこの世界で生きていい。


「今日はクリスマスですね」


空を見上げる。音もなく雪が降っている。
どうやらもう25日になったらしい。


――ねぇ、アヌトゥパーダ、聞いているのでしょう?

――12月24日をもう一度。千年守様へのクリスマスプレゼント♪


舞織が目を閉じてやさしく声をかける。
あかねもにっこり笑う。

その瞬間――
歯車が美しく噛み合う音がした。


「アヌトゥパーダ…どうやら力を貸してくれるらしい。
過去に戻るのは初めてだ。」


――オン・アヴィラ・ウンケン……アヌトゥパーダ!私に力を貸してくれ!



遡る時の中で静かに呟いた。


「今日はクリスマスイブ。私は皆に笑顔をプレゼントしよう」